アニメと漫画とFXとその他いろいろの雑記帳

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責任を果たすため

放置しとった分をまとめて一気にいく


まずは銀玉の感想と行くべきだろうがそれは最後に
先に行くべきはガッチャマンクラウズ

とあるブログでこの作品は「Cと同じで限りある資源をどう配分するかがテーマ」ではないかという。
でも俺は違うと思う。
かつてまどか達とやりあった奴がその程度をここにもってくるはずがない。

今のアニメはきっと嵐の前の静けさなイメージなのだと思う。
どっかのバカ共が打ち上げた「キメラアント編アニメ化」
この発表の瞬間にXデーは決まった。
力を持つものほどその日を確実に予測できたはずだ。
俺の予測では
まどかの映画公開と王の死。
まどかの公開終了と「当然じゃないですか、僕はジンさんを敵として信頼しています」
そこにハンターハンター(漫画)の最期をもってくるのではないかと思っている。
自分の息子を名乗る奴(後をひっぱって行く連中)がそれまでにマグマの熱を最高に高めていてくれていることを信じて、持って来る。
そのマグマの熱はきっと成長止めてしまっていた世界樹に最高の花を咲かせる。
そう思う。
それは信頼すら超えた理解が作り出す奇跡。
ヒロイックエイジで言う所の未来を知る力。
誰かを導き、誰かの導きに応えることで手にする結果。

今の流れはそういう中のものであると感じている。
それが
げんしけんの「レーダーマンにはさせない」
犬とはさみの「お前が命がけで書いてきた本を、俺は命がけで読んできたから全部解かる」
なのだと思う。

だからこそ思う。
「Cと同じで限りある資源をどう配分するかがテーマ」では役不足な気がする。
きっともう一段あるのだと思う。

Cが言いたかったのは
「世界が変わるのではない、世界の支配者が変わるだけ」
なのだと思う。
まおゆうでいう分け合えるなんて甘えなのだと思う。
その時は必ず来る。
それまで正義を説いてきたものを殺し脳みそだけになってまで世界を守ることを選んだ奴のように。
そしていずれはそいつを殺す朱のように。
世界のアップデートとはそういうこと。
常に先代から全てを奪い取って始まる。
そして先代はきっと永遠に今(過去)にとどまる。
次の奴の過去(思い出)の中で戦い続ける。
次の奴が負けないように、壊れてしまわないように。
それがCの中にあった思いなのだと思う。

そしてガッチャマンは何が言いたいのか。
きっと、飛ぶことなのだと思う。
カッツェが何故、原始人と呼ぶのか。
それは自分達が飛べることを知らないからなのだと思う。
自分達がJJやカッツェ達のいるところにいけることを知らないからなのだと思う。
カッツェはきっと滅ばないことを知っているのだと思う。
でもOD達は自分の力を恐れ飛ぶことが出来ない。
だから原始人と呼ぶ。
RDGを見たときに書いたが「人間(生き物)なめんな」と同じなのだと思う。
ギガンティックフォーミュラの「人間は世界を支える力を持っている、神様なんて神話の中で眠っていればいいんだ」
それをいうことが出来ないからOD達は原始人であり滅んだのだと思っている。
そして、はじめはそいつらに飛ぶこと、飛べることを教えるためにいるのだと思う。
2話でJJが見せたのはそういうことなのだと思う。
他の奴にそれを教えたいのなら自ら羽ばたいて見せろ、と。
そうして羽ばたいたOD達はきっと知るのだと思う。
ほのかやまどかが知ることのなかったものを。
カッツェが何故力を使わせようとしてきたのかを。

そして後は信頼できる奴に託すのだと思う。
この世界はお前を飽きさせることはない。
そういった奴に。
きっとそいつはこういう。
抗いなさい、苦悩しなさい我々(人類)に進化をもたらす糧として、と。
その命に最大の成果を期待する、と。
そうまどかへと至るためのマグマの熱を高めているのだと思う。
たとえ自分が消えることを、場つなぎなことを知っていても繋ぎたい何かがそこにあるのだと信じたい。

まどかの最期はどこかでも書いたが
ほのかのまどか殺しで終わるのだと思う。
迷路の出口は入り口。
かつて逃げ出したものに今度こそ勝ちに行くことで終わるのだと思う。
どこかの自分をただの臆病者と言った英雄のように。
魔法少女救済システムに成り下がった身内(魔法少女)の恥をどうにかするのだと思う。
そうほのかは人間だった。
クラウドさんのいうような基本出したものは人任せな人間、そのものだった。
でもきっとそうではなくなる。
そのときにようやくきゅうべぇは過去になれるのだと思う。
ほのかが本当の魔法少女になれたときがきゅうべぇとの別れなのだと思う。
身内の恥の成長を見守って、そして全てを代わりに引き受けるのだと思う。
その代わりに全てを託される。
きゅうべぇのしてきたこと。を。
宇宙を守り続けることを。
そうなることを期待して死んでいくのだと思う。

そうして場を繋ぐであろう者達の期待に応えるのだろうと思っている。
そのときが来てそうした者達とおなじようにそうするのだと思う。
嫌でもそうしなければならないときが来ると書いた本人だからこそわかっているのだと思う。
そのときを。

そして、映画、銀玉の感想へといこうと思う。
随分たってしまったので細部は忘れた。
というか。
細部に意味はない、という作品だった。
ガッチャマン達とはまったくの逆。
全てがそこにあった。
他の作品のように他の作品が助けになるとかそういう作品ではなかった。
見たものそれだけで全てがわかるところまで作りこまれていた。
そう思った。
感想を書かなかったのもそれが原因だ。
見たままだ、としか書き様がない。
でも、だからこそ思ってしまった。
それを他に任せたならお前はどこまで高く飛べたんだ、と。
その一部でも見た人の解釈に任せ、他の作品達に託していたなら、と。
でも同時思ってしまった。
だからこそこの作品なのかなとも。
他のやつの重しになるくらいなら愛されたくなかった、と。
それもまた一つ託し方なのかなこの記事書いていて思った。

とこれで責任は果たしただろうか。
俺だって、弾みでとかそんな無責任じゃない、最期まで付き合う覚悟はある。

王が望むのは騎士じゃない。
騎士という名の、誰より自分の欲に忠実な英雄だ。
才ある者がその才の全てを犠牲にして繰り出す一撃だ。
前にも書いたけれど俺は全てを犠牲にする覚悟は出来ている。
俺がいろんな人、作品から得てきた全て出し惜しみなく使い尽くす覚悟は出来ている。
だからそれにたる作品が見たい。

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