アニメと漫画とFXとその他いろいろの雑記帳

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510話の感想 千手の力

ここでいう力とは
他のサイトで言われているような
柱間の死体とかそういうものではないのかな
と思います。

マダラは
ダンゾウの力を紛い物といい
長門を自分と同じ六道と呼んだ。

この言葉の意味するものが六道(千手)の力の正体かな
と思います。

千手の力とは、柱間自身(細胞、遺伝子)ではなく
受け継がれてきた火の意志
「あきらめないど根性」
どんな時でも希望を諦めることのできない強さ(弱さ)ではないでしょうか。

今までの戦いはそれを手に入れるための戦いだった、
そして、マダラはイタチや鬼鮫、ナルトという
守るべき希望を手に入れたのではないでしょうか。

力を使い失う光とは視力ではなく希望だったのではないでしょうか。

六道とは
守るべき希望のためなら、どこまでも自分の手を汚せるもの
だったのではないでしょうか

小南は言いました。
闇で花は生きれない。
と。
でも、マダラも長門も花ではないんです。
悲しいほどに人間で、
人間は闇の中でも希望を信じ
身を寄せ合い耐え忍ぶことができる。
また昇ってくる太陽を待つことができる。

マダラは、
ナルトという太陽が昇ってくるのを待っているのではないでしょうか。
日が昇る前の闇、暁として。
そして、昇ってきた太陽の前に闇は消え去る。
それがマダラのシナリオではないでしょうか。

長門が六道眼を処分しなかったのは
マダラを理解していたから
あの微笑みは
そんな風にしか生きれない男に向けたものであり
希望を信じてのもの
だったのはないでしょうか。


そして最期は、
義を見てせざるは勇なきなり
の本当の意味になるのかなと思います。

鬼鮫の真意を理解できたナルトが
鬼鮫同様にマダラの真意に気づいた時どうするか
その一点なのかなと思います。

個人的には、
優みてせざるは優なきなり
て感じに
マダラの生き方(優)をしってシナリオ通り殺してやるか
それとも、別の道か
どの道がマダラにとっての勇(優)になるのか
そんな感じだといいなと思います


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