アニメと漫画とFXとその他いろいろの雑記帳

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まってろよ、コユキ(平) ラブライブ11話感想

まってろよ、コユキ(平)

beckでのワンシーン。


今回のラブライブを見てそう感じた。
完全になめていた。
めだかとかホリックとか書こうと思ってたけれど
自分が相当ノロノロ運転だったのを思い知った。
今の俺じゃラブライブのこのテンションについていけない。
そういうレベルの出来だった。
(作画がどーの、CGがどーの、詳しいとこはまったくわかんないけど…そういうのはほかに任す)

わかんなくてもそう思う出来だった。
会長の参加回での希との会話で感じたことがあった。
これは走っている奴から走り出すことすらできていない連中へのメッセージなのではないかと。
それは今日の新聞をみて確信に変わった。
一面にアニメーターの年収がどうのこうの。
支援をどうの、若手がどうの。
その中で一つだけ違うだろと思ったところがあった。
忙しく満足な指導も受けれず技術不足で離職率も高い?だったか
指導でどうにかなるのは自分でどうにかなる部分だろ
もっというならそこに行く前に済ませておくべきことだろ
ちょっと違うか
指導を受けてではなく、自分で盗むことぐらいは覚えておくべきなんじゃねぇの。
今アニメをひっぱている本当の意味での技術は天剣のそれと同じだと思う。
自分だけの武器。
それは言葉にできるものではなく言葉にして伝えようとすれば自分の思っている百分の一も伝わらないもの。
そしてそれは人それぞれ形が違う。
死神の刀と同じ。
自分のうちの刀に自分を映しこみ初めて武器になる。
年収百万で忙しくてどうしようもない。
たしかにそうだ。
でも、刀は見つける気がなきゃ見つからない。
強くなる気がなきゃ、武器にもならない。
そういうものだと思う。
やりたいことだけやってはいられない。
確かにそうだ。
でも、本当にそうか。それで限界か?
と今回のラブライブは問いかけているような気がした。
今回のライブシーン、今までのよりが出来がいいといわれているが
俺は使いまわしに見えた。
振り付けはほかの振り付けを使いまわし。
作り直さなきゃいけない振り付けと振り付けのつなぎはアップとかで誤魔化す。
それこそがメッセージだったのだと思う。
全部CG、確かに凄い仕事量だ、技術力だ。でも完成度は?と。
俺ならこうする、と。
それがこの作品のこの曲に対する最大の礼儀だったのだと思う。
そしてくすぶっている奴らへのメッセージ。
もっとお前らの力を見せろ。
未来を見せてみろ。
倒される覚悟はもうできてる。
(負けるつもりはねぇけど)
と全力を見せてきた気がする。

3人でのライブシーンでも感じたけれど
この作品の根っこに流れているのはアイシールドと同じなのだと思う。
自分がトラック押してりゃ必ず仲間が追いかけてくる。
そう信じている。
そんな世界と同じ。
だからこそ思った。
今回のラブライブを見て何も書かなかったらクズだと。

といってもラブライブのこのテンションについていけないのでこの程度。
必ず最終回までにはあげていくから待ってろ、ラブライブ


とかいってみたり…
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それでも俺は妄想を描き続ける

今回(前回?)の銀魂。
現実は理想を裏切る。

たとえどれほど甘っちょろい妄想を描こうが真実は違うかもしれない。
そのときお前はどうする?

とそう聞かれているように感じた。

だから答える。
それでも、俺は土方でいたいと。
妄想でもいい、と。
理想は現実に簡単に負ける。
10000人の内9999人が俺の理想にはなれずに裏切ったとしても
俺はいたかもしれない一人を信じようと思う。
そいつを裏切らない俺でいたい、と。

クロスマネジ。
巻末のコメと今回の内容。
もう限界なのだと思った。
どれだけ描いても縮まらない差。
描けば描くほどに感じる絶望的な差。

でもこれは俺の妄想。
本当はこんなこと考えていないかもしれない。
俺が思い描いているのは
うた恋いのような世界。
漫画という逃げ道を残しながらも自分を晒す世界。
ハンターハンターの映画を見てきた。
作品は子供ではなく自分なのだそうだ。
俺が見ている世界はそういう世界。
だからこそいう。
もう少し信じてみろと。
クロスマネジ、最近何だか色々試していた感じがする。
ちょっとエロ?混ぜてみたり
恋愛混ぜてみたり
でもそこにお前の武器はないんじゃないないか?とそう思う。
この作品の武器は黒子と多分同じだと思う。
届かなかった想い、なのだと思う。
無冠の五将が何故無冠なのか。
簡単だ、誰も自分の理想に追いつけなかったから。
だから彼らは自分の理想のいる場所に行った。
そして、それに応えることにした。
それに近い想いこそがこの作品の深い場所を流れるものなのだと思う。
何だか話がそれたけれど
これがクロスマネジという歌に対する返しの歌。
これで追いつけたことになるかはわからないけれど
俺なんかよりずっとあんたを妄想する人もいるはずだ
理解じゃない、ただの理想を妄想しているだけ
でもいるはずだ
だから信じてみろよ
同じもの見ている、と。
と、俺の中の理想へと言ってみる。
これで追いつけたかい?少しは信じてくれるかい?
と妄想に尋ねてみる。

でもこれは妄想。
理解には程遠い。
これは理想だけ追い求めるということ。
現実を捨てているということ。
この目はもう現実を見ていないということ。
それは相手を理解したとはいえない。
すでに相手など捨ててしまっているということ。
それは自分の理想以外は石ころと同じだってこと…
それは…
でもそれしか出来ないから俺は妄想に語りかける。

ここはそういう場所。
現実を捨てて理想という妄想と語り合う一人きりの場所。
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